映画の最盛期には年間で11億人の人々が銀幕の前で熱狂し、笑い、涙を流したといいます。それは1958年の高度成長期に入る前の時代です。そして東京オリンピックや皇太子の御成婚を契機に一挙にテレビが一般家庭に普及し、映画の来場者は下降線をたどります。時が経ち、この二十数年は約1億5千万人の横ばい状態です。往時からすれば激減と言っていいでしょう。ある時期は、もう映画は終わり、テレビの時代になると予言され、そして、デジタル時代に入った現在では、これからは配信になり、映画の未来は明るくないと考える人も多いかもしれません。ものの例えとはいえ、映画が何故か標的にされているように思えてなりません。しかし、上がるでもなく下がるでもなく、この横ばいの状態に、映画の魅力が潜んでいるように感じられてなりません。ほんの少し前、コロナ禍の最中には、時の為政者から不要不急の代名詞のように名指しされたのを思い出します。あの頃、海外に目を向ければ、映画や演劇や音楽、バレエやダンスなどの芸術的な仕事は、国家のライフラインと名言を吐いたのは、ドイツの前首相のメルケルでした。このあまりにも違う認識の落差に眩暈を覚えながら、この日本では、劇場がクローズされた一時期を除けば、相変わらず横ばいのままです。私は、かろうじて、この横ばいを維持している、映画館に通う人たちの力を信じたいと思います。かつては柏崎の駅前通り、本町通りにあった映画館が閉館となり、映画を観に通うべき場所がなくなってかなりの時間が経ちました。これまでに何度かの単発的な上映会を開催してきました。回を重ねるなかで驚くほどに、この街で再び映画を観たいとの声が聞こえてきました。そんな声に背中を押され、昨年は、2日間、本開催に向けてプレ映画祭を企画し、今年は第1回目の開催になります。まだ、基礎となる実行委員会も正式には立ちあがっていませんが、徐々に仲間を集め、柏崎ならではの映画祭を作っていきたいと考えています。
第1回目のラインナップは、日本映画を中心に、フィンランド、台湾、米国、そしてミャンマーといった国々から作品を集めました。
オープニング作品は、2022年に台湾で公開し、大ヒットを記録したゼロ・チョウ監督「流麻溝十五号」、昨年は1923年に起きた関東大震災から100年にあたり、その時代を描いた「風よ あらしよ 劇場版」、「福田村事件」の2作品を、一挙に上映します。そして、若手の注目監督として期待を集める山嵜晋平監督「つゆのあとさき」、沖縄のリアルな日常を鮮烈なタッチで描いた工藤将亮監督「遠いところ」、柏崎映画祭を開催するきっかけとなり、また柏崎ロケ作品の片嶋一貴監督「天上の花」、その片嶋監督の新作「孤独な楽園」、ミャンマーのクーデターで指名手配を受け、現在でも逃亡中のコ・パウ監督が命懸けでつくった「夜明けへの道」、通説を覆し、新たな視点で描いた「ジョン・レノン 失われた週末」、そしてクロージング作品には、カンヌを熱狂させた世界の巨匠ともいうべきフィンランドのアキ・カウリスマキ監督「枯れ葉」を上映します。
ご期待ください。
また、映画祭の運営スタッフを募集しています。皆さんの協力を仰ぎ、魅力的な映画祭を作り上げてゆきたいと思っています。
ご協力のほど、よろしくお願いいたします。
今、日本国内全体に映画祭はどれくらいの数あるのか。
ジャパン・コミュニティシネマセンターがまとめた「全国映画祭リスト」には、大小186の映画祭が記載されている。だが、そのうち最大の東京国際映画祭など45は首都東京での開催、また札幌、仙台、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸、広島、福岡の大都市で44となっており、それらを除く、いわゆる「地方映画祭」は97。さらに県庁所在都市で開催される34を除くと、都道府県庁所在地以外の開催は63ということになる。
これを、少ないと寂しくお感じになるだろうか? それとも、多いと驚くだろうか? ただでさえ、地方は<消滅の危機>にさらされていると言われるほど東京一極集中をはじめとする大都市集中が進み、少子高齢化の状況の中で地方の衰退が問題となっている現在としては、むしろ、63という数字は、地方が健闘していると言ってもいいのではないだろうか。
来年50回目を迎える大分県由布市での「湯布院映画祭」をはじめ、北海道函館市の「函館港イルミナシオン映画祭」、秋田県横手市の「あきた十文字映画祭」、福島県須賀川市の「すかがわ国際短編映画祭」、群馬県高崎市の「高崎映画祭」など、30年を超える歴史を持つ名物映画祭もある。若手映画作家を発掘し育てることで有名な和歌山県田辺市の「田辺・弁慶映画祭」もユニークだ。
都会でなくても、そこに映画を愛する住民がいるのなら、どんな小さな町でも映画祭をやれるのだ。音楽祭や演劇祭のように、演じるアーティストを大勢連れて来る必要があるものと違い、映画祭は上映素材と少数のゲスト映画人を呼べばいいのだから、比較的容易にできる。
2002年~06年、わたしが文化庁文化部長をしていた頃、文化庁長官は心理学の世界的権威であり屈指の文化人としても知られた河合隼雄だった。
河合文化庁長官は、「文化で日本を元気にする」をモットーに掲げていた。当時は、バブル後の経済低迷で「失われた10年」と言われていた頃。文化には、人を元気にする力があるんだ、と断言して文化振興の先頭に立った。事実、経済の落ち込みが最も激しかった関西に「関西元気文化圏」という一大ムーブメントを興し、「文化で関西を元気に」した。現在の関西圏のインバウンド人気にも繋がっている。
その20年後に当たる現在の日本は、地方の<消滅の危機>こそが深刻な問題である。ならば「文化で地方を元気にする」ことこそ重要だ。
『天上の花』のプロデューサーとして柏崎を何度も訪れるうち、この町には豊かな文化の潜在力があると感じた。ことに、あの映画を全国初公開した柏崎市文化会館アルフォーレでの市民向け上映会のことは忘れられない。集まってくださった超満員の観客の皆さんの反応を見ていて、この町には映画祭を新しく作るだけのポテンシャルがある、と確信した次第である。
皆さん、映画祭で柏崎をもっと元気にしましょうよ!
ジャーナリスト、一般社団法人Docu Athan(ドキュ・アッタン)代表理事。日本経済新聞記者や大阪市の公立中学の民間人校長を経て、2014年にミャンマー・ヤンゴンに拠点を移す。2021年のクーデター発生後、2回にわたり不当に拘束され、約1か月間インセイン刑務所に収監される。解放・帰国後もミャンマー情勢について情報発信している。コ・パウとはクーデター前からの友人で、『夜明けへの道』の日本公開を支援している。
1952 年福岡市生まれ。元文部官僚。京都芸術大学客員教授。映画評論家。映画プロデューサー。高校時代から映画評論を執筆し、75年から映画評論家として活動。一方、同年文部省(当時)に入省し、官僚時代は「ゆとり教育」の旗ふり 役として「ミスター文部省」と呼ばれた。退官後も民間の立場から教育や社会に関する発言や著作を続けている。著書多数。映画プロデューサーとしては、『戦争と一人の女』(13/井上淳一)を皮切りに『バット・オンリー・ラヴ』(16/佐野和宏)、『子どもたちをよろしく』(20/隅田靖)、『なん・なんだ』(22/山嵜晋平)、『二人静か』(23/坂本礼)を製作している。
映画監督。プロデューサー。株式会社ドッグシュガー代表。若松孝二監督作品『我に撃つ用意あり』で若松プロに参加。95年『クレィジー・コップ 捜査はせん!』で監督デビュー。翌年からプロデューサーとして仕事のフィールドを広げ、サブ監督『ポストマン・ブルース』鈴木清順監督『ピストルオペラ』『オペレッタ狸御殿』など個性的な作品にかかわる。11年の監督作『アジアの純真』では、その過激なテーマからロッテルダム映画祭など海外映画祭で物議をかもす一方、「白黒の奇跡」と評される。17年4時間超の長篇大作『いぬむこいり』を、19年初のドキュメンタリー作品『M/村西とおる狂熱の日々』を、22年文芸映画『天上の花』を監督。エッジの効いた映画づくりを続けている。他のプロデュース作品に『戦争と一人の女』(12)『子どもたちをよろしく』(20)『zk/頭脳警察50未来への鼓動』(20)『GOLDFISH』(23)『福田村事件』(23)などがある。
1993年11月9日生まれ、神奈川県出身。子役を経て、2011年グラビアJAPAN「週刊プレイボーイ」準ミス受賞。その後はテレビや映画、舞台、CMなど幅広く活躍。主な出演作は、日本テレビ『news every.「every.特集」』、テレビ朝日『警視庁・捜査一課長 season5』、フジテレビ『民衆の敵~世の中、おかしくないですか!?~』、映画『日本で一番小さな県の一番小さな町で』ラジオドラマ『オレンジ色は僕らの夢』など他多数。趣味・特技は、、純喫茶巡り、飼っている猫と遊ぶこと。
1991年8月2日生まれ。愛知県出身。NHKプレミアムドラマ「山女日記3」第4話・メインゲスト野上結衣役に起用され俳優デビュー。その他の出演作に EX「相棒season20」第15話メインゲスト桜田美月/梅田真知役、映画「天上の花」佐藤智恵子役、映画「孤独な楽園」多田由紀子役、AmazonPrimeオリジナル「沈黙の艦隊」大谷みづき役、Huluオリジナル映画「ゼロの音」小平椿役などがある。
1980年生まれ、奈良県出身。日本映画学校在学時に卒業制作「魚の味」監督。卒業後、(有)楽映舎にて制作部としてキャリアをスタート。『十三人の刺客』『一命』『藁の楯』『土竜の唄』など三池崇史監督のもとで鍛えられる。その他、『東京オアシス』『ヘヴンズ ストーリー』『アントキノイノチ』『繕い裁つ人』など多くの監督、プロダクション作品で活躍後、2015年からBSジャパンにてドラマを監督する。 長編映画初監督作である『ヴァンパイアナイト (映画)』が「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2017」正式出品。19年『テイクオーバーゾーン』が「第32回東京国際映画祭(2019年)」日本映画スプラッシュ部門に出品され主役の吉名莉瑠がジェムストーン賞を受賞。『DIVOC-12「YEN」』(21年公開・ソニー・ピクチャーズ)、『なん・なんだ』(2022年公開・太秦)等がある。 プロデュース作品『一月の声に歓びを刻め』(三島有紀子監督・東京テアトル)が24年2月公開。
1998年生まれ、千葉県出身。舞台芸術学院在学時に芝居を勉強し、卒業後、2018年 劇団橙「妥協点P」のヒロイン宮竹役で本格的に女優として活動を始める。『つゆのあとさき』では200名を超えるオーディションの中から主役に抜擢された。主な出演作は、『遠吠え』ヒロイン(22/シェーク・モハメド・ハリス監督)、関西クィア映画祭で最優秀観客賞を受賞した『私の愛を疑うな』主人公(23/浅田若奈監督)他。24年度前期朝ドラ「虎に翼」にも出演を果たしており、今後も待機作が多数の注目の若手俳優。
1988年NHK入局。過去の主な演出作品に、戦争関連ドラマ『鬼太郎が見た玉砕~水木しげるの戦争~』(07年 放送文化基金賞本賞、ギャラクシー賞優秀賞、文化庁芸術祭テレビドラマ部門優秀賞)『最後の戦犯』(08年 芸術選奨文部科学大臣新人賞) 連続テレビ小説『花子とアン』(14)特集ドラマ『永遠の二シパ』(19)『流行感冒』(21)土曜ドラマ『やさしい猫』(23)映画作品として『返還交渉人~いつか沖縄を取り戻す~』(18)など
1949年東京都文京区生まれ学習院大学文学部哲学科中退。1971年に東京ムービー(現トムス・エンタテイメント)に入社し、演出助手としてアニメ制作に携わる。1972年に東映東京撮影所と契約。演出部に所属。その後、東映東京撮影所契約者労働組合(東契労)の書記長、委員長に就任し、組合の専従となる。助監督として内藤誠、野田幸男、石井輝男、鈴木則文らに師事。1982年フリーとなり脚本家に転身し、主に日活ロマンポルノ、テレビドラマなどを手掛ける。主な映画作品――『連続殺人鬼 冷血』『夕ぐれ族』『悪魔の部屋』『夜の哀しみ』『でべそ』『スクールウォーズ HERO』などテレビ作品として『白旗の少女』『美空ひばり物語』『実録小野田少尉 遅すぎた帰還』『象のいない動物園』など。
1983年10月31日生まれ。京都府出身。 森田芳光監督、石井岳龍監督、犬童一心監督、行定勲監督、山崎貴監督ら現代の日本映画界を代表する名監督達の右腕として、時代劇からSFファンタジーまで幅広いジャンルで研鑽を積む。初長編監督作「アイム・クレイジー」がインディーズ作品ながら、第22回富川国際ファンタスティック映画祭にてNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を受賞する。コロナ禍でのステイホーム出来ない若者を描いた長編2作品目「未曾有」(21)がタリンブラックナイト国際映画祭Rebels with A Cause部門で正式上映され、本年の富川国際ファンタスティック映画祭でも再び公式招待を受けている。本作が長編第3作目となる。
1958年、新潟県柏崎市生まれ。1980年に竹内銃一郎が主宰する劇団「秘宝零番館」に入団。中心俳優として活躍する。数多くのプロデュース演劇、映画に出演。2006年に映画製作・配給の太秦株式会社の設立に参加し代表となる。以後、精力的に国内外劇映画、ドキュメンタリー作品を製作、配給している。近年の公開作品として『軍中楽園』(台湾)、『金子文子と朴烈』(韓国)、『子どもたちをよろしく』、『わたしは分断を許さない』、『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』、『zk/頭脳警察50未来への鼓動』『東京裁判4Kデジタルリマスター版』、『アイヌモシリ』、『狼を探して』(韓国)、『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』(米)、『サンマデモクラシー』、『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』(ドイツ)、『REVOLUTION+1』、『時代革命』(香港)など、社会的な題材をもとにした作品を多数世に出している。
新たなゲストが決まり次第、公式サイト、SNSで発表します
窓口にて
0257-24-7633
柏崎市役所 1F売店
フォンジェ柏崎
ショッピングモール1F
柏崎市 喬柏園内
※1回券のみ販売
( 一般・シニア共通 1000円 )
( Lコード : 36017 )
※9月1日より発売開始
1回券
前売 ¥1,000
当日・前売
一般・シニア共通
1回券
¥500
当日・前売共通
1日券 ¥2,500 【一般・シニア】
3日通し券 ¥5,000 【一般・シニア】
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